日清戦争錦絵美術館の全作品のデータの確認とズームツールの導入が完了した。多少は信頼性と利便性が上がったと思う。次の作業として、前に許可を得ていたがなかなか着手できないでいた大英博物館の所蔵作品を追加していくことにした。さらに、この機会に前からやりたいと思っていた、英語版にもチャレンジしてみることにした。大英博物館の所蔵作は今のところ7作品しか見つけていないだが、すべてに英語で解説というか情報が載っているので、それを利用してやってみようという考えだ。つたない英語だが、日本語が全く読めない人には多少の手がかりにはなるだろうから、チャレンジしてみる。
今のところ以下の5作品がご覧いただける。もちろん日本語の方にも追加しております。
2012年12月17日月曜日
2012年11月23日金曜日
静岡県立中央図書館から11月分の3作品追加。
静岡県立中央図書館の所蔵作品の中から
S025島津家英雄揃 の3点の西南戦争錦絵を追加した。
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| S025島津家英雄揃 |
先月ご紹介した、早川松山の皇朝高名鏡のシリーズを2点と島津家の英雄を並べた1点である。島津家英雄揃は島津の殿様の家系、そして、その役人で沖縄や南西諸島で功績のあった人物をとりあげているようだ。もちろんその中に西南戦争の賊将と官軍側についた人物が入り交じっているのだが、どういう基準の人選により並べたのかがわかりにくい。当時の民衆には一目瞭然の配置であったとすれば、とても気になる所だ。
2012年11月8日木曜日
10月の追加作品
静岡県立中央図書館の所蔵作品のうち以下の三作品を追加した。
S020有栖川宮天盃拝受の図
S021皇朝高名鏡No.2
S022勅使鹿児嶋江到着圖
征討総督有栖川宮に注目してみた。「皇朝高名鏡No.2」の登場人物、大塔宮を調べていて大英博物館に不完全な三枚続きを発見したのでそれも追加した。
S020有栖川宮天盃拝受の図
S021皇朝高名鏡No.2
S022勅使鹿児嶋江到着圖
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| B21早川松山大英博物館蔵 刷B |
「右ハ都テ寫真の侭ヲ寫セシモノニテ次第不同ヲ敢テ論セス看 官夫是ヲ諒セヨ」
として、大塔宮、山縣有朋公、有栖川宮、東伏見宮元仁和寺宮、和気清麻呂、梅田源次郎、嶌津久光先公、大久保利通公、水府齊昭、万里小路藤房、黒田清隆公、小島高徳と尊王に功のあった忠臣を並べている。タイトルは多分右図にあったため不明である。どこかで右側を発見したら組み合わせてみたい。不完全な刷が3種類あった。
2012年10月13日土曜日
9月の追加作品
静岡県立中央図書館所蔵作品の中から以下の三作品を追加した。
S017奇星之實説
S018近世人物誌 第十七 西郷隆盛
S019西郷隆盛霊幽冥奉書
9月24日は西南戦争終結の日、つまり西郷隆盛の命日の日である。そこで西郷隆盛を描いた画を集めてみた。特に、3番目の「さいごうたかもりのれいゆうめいにほうしょす」という画は西郷隆盛の霊が建白書をもって意見している図である。しかし、なんという表情。思わず、山上たつひこの漫画を思い出してしまった。
S017奇星之實説
| 「S019西郷隆盛霊幽冥奉書」の一部 |
S019西郷隆盛霊幽冥奉書
9月24日は西南戦争終結の日、つまり西郷隆盛の命日の日である。そこで西郷隆盛を描いた画を集めてみた。特に、3番目の「さいごうたかもりのれいゆうめいにほうしょす」という画は西郷隆盛の霊が建白書をもって意見している図である。しかし、なんという表情。思わず、山上たつひこの漫画を思い出してしまった。
2012年10月5日金曜日
日の丸横一の標章 想像図の訂正
前々回、日の丸横一の博愛社の標章を想像図として、示したが、日本赤十字社の熊本県支部のホームページで 梶山哲生さんが黎明期の博愛社の歴史を精細に調査して連載されている。その中に実物の写真があり、想像図とは違っていたのでお伝えする。
連載は「日赤発祥の地・熊本」で連載29回(平成24年9月号)にその記事はある。
記事を参考に作成した標章は次のようなものだ。
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| 日本赤十字社の熊本県支部の記事を参考に復元した |
八月の静岡県立中央図書館追加作品
西南戦争錦絵美術館に以下の4作品を追加した。いずれも静岡県立中央図書館の所蔵品である。

S013鹿児嶋新誌 三号
S014鹿児嶋新誌 五号
S015鹿児嶋新誌 七号
S016鹿児嶋新誌 九号
今回は鹿児嶋新誌の所蔵品すべてであることと、豊原國周の作品が西南戦争関連が一段落する事もあって特別にお願いして、4点ご紹介させていただける事になった。
それぞれ、池邉吉十郎、村田三介、前原一格、池上四郎の列伝である。各人に当時の人気歌舞伎役者が見立てられている。実際に演目があって演じられたのかどうかは不明。文は長谷川一嶺である。
S013鹿児嶋新誌 三号
S014鹿児嶋新誌 五号
S015鹿児嶋新誌 七号
S016鹿児嶋新誌 九号
今回は鹿児嶋新誌の所蔵品すべてであることと、豊原國周の作品が西南戦争関連が一段落する事もあって特別にお願いして、4点ご紹介させていただける事になった。
それぞれ、池邉吉十郎、村田三介、前原一格、池上四郎の列伝である。各人に当時の人気歌舞伎役者が見立てられている。実際に演目があって演じられたのかどうかは不明。文は長谷川一嶺である。
2012年10月4日木曜日
赤十字の標章について
| 075平壌激戦我軍大勝図から 部分 |
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| 博愛社創設許可の図 寺崎武男 筆 |
当時の標章については、1877年のイラストレーテッドロンドンニュースの絵の中で横浜港から出発する官軍の兵士の中に赤十字のマークの入ったリュックを背負っている者が描かれている。ただ、この時期は博愛社が、戦地熊本で活動していたのであろうし、後で述べるように赤十字の標章が使用されるようになったのが、10年後なので、この兵士は、博愛社の関係者というよりは、若き国際赤十字活動(1863年から)を知るイラストレーテッドロンドンニュースの記者の思い込みか、あるいは、勇み足、つまるところ創作では無いだろうか。ただし、赤十字の標章の意味する所は政府でも認識していたはずである。
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| 西南戦争で西郷軍を討つために横浜港から発つ帝国陸軍の画の中で右側に赤十字が描かれたリュックを背負った兵が描かれている。Troops For Satsuma (Embarkment,)Illustrated London News1877 |
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| S012 伝聞民之喜 つたゑきくたみのよろこび |
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| 左が博愛社が10年間使っていた日の丸横一の標章の想像図(筆者作成)、右は現在の赤十字の標章 (ウィキペディアより) |
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| 上段の左は赤十字、中が赤新月、右は赤獅子大陽 そして、下段が第三の標章レッドクリスタル(いずれもウィキペディアから) |
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| 左がダビデの赤楯(不認可)、中はレッドクリスタル、右はレッドクリスタルの中に ダビデの赤楯を配した標章。これによってイスラエルは国際赤十字に加盟できる事となった。 |
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