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2012年1月31日火曜日

日清戦争錦絵美術館と西南戦争錦絵美術館の作業経過



現在、日清戦争錦絵美術館、西南戦争錦絵美術館ともに国立国会図書館蔵の作品の中のデジタルアーカイブされている物で使用許可を得られた作品はすべてこのどちらかのホームページで三枚続きのパノラマ画像としてみる事ができる。
西南戦争の方は全98作品のうち1から30までは画中にちりばめられているデータをテキストで見る事ができる。例えば、作品名、作者名(画、文)、発行年月日、発行者(含む住所)、絵師(含む住所)、彫師、定価、記事などである。もちろん読めない文字がかなりあるので(勉強不足による)完全ではないが、様子がわかる程度には、作り上げている。残りの作品も早々にデータをまとめたい。


さらに、今後やっていきたい事として年表と地図がある。今の作品番号は国立国会図書館のリスト通りの順番なので事件の時間、空間に全く関連性がなくなっている。そこで時間軸と場所を切り口にして、作品を並べ直してみれば、それだけで意外といろんな事が見えてくるのではないかと期待している。今は、このブログの右上でスライドショーになっている西郷隆盛の肖像を抜き出す作業を行っている。並べてみれば何かわかるかもという、単純な考えである。西郷隆盛は写真がない事で有名だし、誰もが西郷さんの顔だと思っているキヨソネが描いた肖像も大山巌と西郷従道を合成して、それらしく仕上げた物だという事だ。上野の西郷さんも鹿児島の西郷さんもキヨソネの肖像をベースにしているから、スタートが全然違っていたとすれば本当の西郷さんは全く別の顔だったかもしれない。このスライドショーに出てくるようなすっきりした男前だったかもしれない。




日清戦争錦絵美術館の方は125作品を見る事ができるし、データも最初に書き込むと決めた物に関しては一通り終わっているのだが、見直して、更に充実させたい。ズームツールに関してはこれの導入が西南戦争の作業中だったので日清戦争の方にはまだごく一部にしか追加していない。作業に時間がかかるので、少しずつしかできないがこれも実装していこう。
西南、日清ともに他の図書館、美術館、資料館などにたくさん収蔵されており、またデジタルデータ化されている。それぞれの機関の許可を得て、全体を充実させていきたいと思っている。

※このページの三枚の画像はすべて西南戦争錦絵の中の西郷隆盛の肖像(部分)です。

jimdo ブログから引っ越し

引っ越し
jimdoのブログがどうも少し使いにくいような気がしてここに引っ越ししてしばらく使ってみようかなと思っている。両立できればそれでもいいし、使いやすい方を優先していく事になるだろう。過去の書き込みをコピーしていこう。

2011年12月24日土曜日

戦争錦絵をみてみませんか?

この絵は「鹿児島征討紀聞 〔賊徒の女隊図〕」というタイトルで、西南戦争のまさに戦争中に販売された錦絵です。国立国会図書館のデジタルデータを使用して、このような錦絵をご覧いただけるウェブサイトを運営しています。「西南戦争錦絵美術館」「日清戦争錦絵美術館」です。ぜひご覧ください。

2011年12月14日水曜日

坂の上の雲(NHKドラマ)批判本2冊


NHKドラマ「坂の上の雲」が間もなく完結するようだが、そのドラマに対する2冊の批判本を読んだ。1つ目が NHKドラマ「坂の上の雲」の歴史認識を問う 日清戦争の虚構と真実 という長いタイトルの本で、左側からの問いかけ。なかなか考えさせられた。このホームページ日清戦争錦絵美術館もいかにして戦争が美しく、かっこ良く伝えられたかを検証していこうという事が目的なので、うなづけるところも多かった。ただ、NHKの再放送を流し見した限りでは、NHKはこの本に書かれているような批判は最初から想定済みでうまくかわせるような工夫を満載しているような気がした。特に「伊藤博文が平和主義者か?」というような問いかけに対しては、睦や川上など開戦に誘導していく人物を回りに配置してそれに抵抗する人物としての伊藤を浮かび上がらせるが、開戦が避けられないとなると一転したたかに外交戦略を繰り広げ、「平和主義者」にとどまらぬ老獪さをうまく描いているように思う。
また、東郷平八郎が浪速の艦長として英国運送船「高陞号」を撃沈した際、輸送されていた中国兵を全員射殺或いは見殺しにした事件はちゃんと描いていたように思う。
もちろん、旅順口の虐殺事件は全く触れられなかったし、日本軍の蛮行は森本レオ扮する曹長が一人で引き受けてしまうという頼りなさは、決定的にある。
 そして何より、生前の司馬遼太郎が「決して映像化してくれるな」とかたくなにこだわっていた事をNHKはどのように反古にしていったのかは、もっと検証されるべきであろう。






もう一冊は「とんでも本」だ。右側(極めて)からの批判で、乃木希典を戦略上の智将として再評価しようという大きな目的があるようだ。その他のパートは坂の上の雲には直接関係なく、司馬遼太郎の歴史観に関しての事。昔の本(例えば少年漫画週刊誌の巻頭グラビア特集)などを読んでいるような気にさせられた。
あまり、語る事はない。

2011年8月17日水曜日

歌川芳虎、早川松山、四代目歌川国政、楊洲周延 の画




こんな感じの絵師年表を作成した。西南戦争当時の絵師の年齢を比較してみたかったのだが、いかがだろう。師匠弟子の関係や交友関係を反映するような相関図、系図的な物も作成していきたいと思う。





歌川芳虎はこの頃はもうとんでもない大ベテランにして人気のトップ絵師である。7作品をアップロードした。

27歳の早川松山の作品は以下の4点。河鍋暁斎の門人である。

四代目歌川国政の作品。日清戦争錦絵の小国政の実の父という事だ。日清戦争錦絵に登場する、香蝶楼でもあるらしいが、未確認。号をしょっちゅう変えたり、襲名したりでややこしい。

楊洲周延の作品は以下の7作品(ここまでのところ)。大正元年・75歳まで生きていたのでもう本当に生き証人という感じだろうか。もちろん日清戦争錦絵もたくさん製作している。日清戦争錦絵美術館では10作品ご覧いただける。


2011年8月3日水曜日

小林清親 登場





の7作品をアップロードした。左の画像は「新聞鹿児島事情」の一部で、小林清親デビュー2年目の作品だ。この髑髏模様の派手な衣装をご覧あれ。ほかにも安達吟光が3作品登場している。この両者は日清戦争錦絵も手がけていて、17年を隔てた画風の変化も見ていただける。