前々回、日の丸横一の博愛社の標章を想像図として、示したが、日本赤十字社の熊本県支部のホームページで 梶山哲生さんが黎明期の博愛社の歴史を精細に調査して連載されている。その中に実物の写真があり、想像図とは違っていたのでお伝えする。
連載は「日赤発祥の地・熊本」で連載29回(平成24年9月号)にその記事はある。
記事を参考に作成した標章は次のようなものだ。
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| 日本赤十字社の熊本県支部の記事を参考に復元した |
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| 日本赤十字社の熊本県支部の記事を参考に復元した |
| 075平壌激戦我軍大勝図から 部分 |
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| 博愛社創設許可の図 寺崎武男 筆 |
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| 西南戦争で西郷軍を討つために横浜港から発つ帝国陸軍の画の中で右側に赤十字が描かれたリュックを背負った兵が描かれている。Troops For Satsuma (Embarkment,)Illustrated London News1877 |
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| S012 伝聞民之喜 つたゑきくたみのよろこび |
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| 左が博愛社が10年間使っていた日の丸横一の標章の想像図(筆者作成)、右は現在の赤十字の標章 (ウィキペディアより) |
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| 上段の左は赤十字、中が赤新月、右は赤獅子大陽 そして、下段が第三の標章レッドクリスタル(いずれもウィキペディアから) |
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| 左がダビデの赤楯(不認可)、中はレッドクリスタル、右はレッドクリスタルの中に ダビデの赤楯を配した標章。これによってイスラエルは国際赤十字に加盟できる事となった。 |

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| S012伝聞民の喜 |
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| 075平壌激戦我軍大勝図 |
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| 056西国鎮静撫諸将賜天盃之図 |
