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2012年7月29日日曜日

七月の追加作品


S012伝聞民の喜

S010西國紀聞出陣問答
S011羅喉星見立競当九星
S012伝聞民之喜
 以上三作品を追加した。いずれも静岡県立中央図書館所蔵品である。「伝聞民之喜」は西南戦争開戦後2ヶ月余で設置された官軍の病院を後方から支えた、英照皇太后(明治天皇の嫡母)と昭憲皇太后(明治天皇の皇后)を取り上げている。絵としては女官が薬液に浸したガーゼ(綿撒糸めんざんし)を準備している姿を写しているが、この程度で、民が雀躍する程のありがたみがあったのかは疑問であるが、華やかさは伝わっている。昭憲皇太后は『維新期の皇后として社会事業振興の先頭に立ち、華族女学校(現学習院女子高等科)や、お茶の水の東京女子師範学校(現・お茶の水女子大学)の設立、日本赤十字社の発展などに大きく寄与した(赤十字社の正式紋章「赤十字桐竹鳳凰章」は、紋章制定の相談を受けた際、皇后がたまたま被っていた冠が桐と竹の組み合わせで出来ていた事から、「これがよかろう」という事で決められたという)。1912年(明治45年)、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.C.にて第9回赤十字国際会議が開催された際、国際赤十字に対して皇后が10万円(現在の貨幣価値に換算すれば3500万円ともいわれる)を下賜した。赤十字国際委員会はこの資金を基にして昭憲皇太后基金 (Shōken Fund) を創設した。この基金は現在も運用されており、皇后の命日に利子を配分している。』(昭憲皇太后  2012年7月25日 (水) 21:11 UTCの版 ウィキペディア日本語版 http://ja.wikipedia.org/wiki/昭憲皇太后)とあるように、社会福祉に積極的に取り組んだ面があるようだ。残念ながらそのことを充分に伝える絵にはなっていないといっていいだろう。想像で紡いだ画の限界を示しているのかもしれない。


075平壌激戦我軍大勝図
 以前にご紹介した、日清戦争時の看護師の絵は最前線で活動する様子を活写しているように思われるが、そういうリアリズム(と言い切っていいかは疑問が残るが)が発揮されるためには現地で取材を行うという、今では当然の行動が必然であったであろう。その意味で、「伝聞民之喜」は未だ過渡期の作品であり、絵師の取材する力の弱点を如実に示しているといえるだろう。


056西国鎮静撫諸将賜天盃之図
 実際、「伝聞民の喜」は左に示す、西南戦争終了後の功労の宴を描いた画「西国鎮静撫諸将賜天盃之図と大してイメージは変わらないのである。複数の女性が登場し華やかな色遣いで美しく表現できる、宮中という題材はその絵の本来のテーマをも霞ませてしまうという、実は非常に危うい画題でもあったのだ。


 七月中に「日清戦争錦絵美術館」の40枚目までズームツールを導入し、記事の中味を見直した。この後は、すべてにズームツールを装備して、また、記事をさらに整理していきたい。大英博物館所蔵の日清戦争錦絵が7点程確認できているので近いうちに追加したい。

浮世絵探検 高橋克彦


 高橋克彦著「浮世絵探検」は浮世絵に関する対談集で、ゲストが多彩でとても面白い。1997年岩波書店刊なので、少し古い本であるが、文庫版も出ていて、手軽なので時々読み返している。その中で、宮地真人( 東京大学史料編纂助教授・当時 現・東京大学名誉教授)が次のように語っている。

「ペリーが来たという事が歴史的な事件ではない。アメリカの黒船は、アジアでもアフリカでも、どこでも来ている。どこでも来ているけれども、あれだけ大騒ぎになったのは日本だけだという事が問題なのだ、と。来たということよりも、どう受け止められたかという問題を視野に入れないと、民衆レベルの意識の問題というのは出てこないのではないか。そういう視点で、近世における非文字資料、とくに画像資料が何を担ったのかというのは、相当大事な問題だろうと思っています。」

 正鵠を射るとはまさにこのことで、「西南・日清戦争錦絵美術館」もこの視点を大事にしていきたいと思っている

2012年7月6日金曜日

明治の少年隊

 明治11年に新富座で上演された歌舞伎「西南雲晴朝東風」の芝居画から。西郷隆盛、篠原国幹、桐野利秋ら薩軍のリーダーたちの決起から敗北までを描いている。役名は、それぞれ西條隆盛、簑原国元、岸野利秋などと変更している。



 中に、少年隊の旗を掲げる、三人の美少年の姿があったので抜き出してみた。「右手に血がたな 左手に手綱 馬上ゆたかな 美少年」の田原坂の歌詞が、思い出される。
S008西南戦争(静岡県立中央図書館 蔵)から。


 6月後半から現在までに、以下の作品を追加した。
静岡県立中央図書館から豊原国周の芝居画を3点。


国立国会図書館から

小林清親の五枚続の作品、初登場の三代歌川広重の作品など。

大英博物館から

数種類の異刷があり、比較できる。

国立国会図書館と大英博物館に関しては、三枚完全にそろっている物で著作権をクリアして公開許可の出ている物は、今の所すべてご紹介できたと思う。静岡県立中央図書館の作品を、月に3点づつ追加していく他に、今後は画像を転載できない作品(他施設の物を含めて)をリストアップして、西南戦争錦絵の全貌に少しずつ迫っていきたいと考えている。



2012年6月18日月曜日

どっちが先か考えてみた。

画像をクリックして拡大しサムネイルを選択して、画像を切り替える事ができます。間違い探しのようで面白い。

045先刷り

D103後刷り
 国会図書館に2枚の「九州植木口激戦図」がある。自分でふった番号でいうと045D103の2枚だが、細部を比較して面白い事が判明した。045が先に刷られた版でD103は後刷りだと言うことである。その根拠を後刷りのD103を基準に書いてみよう。

その1、右図の桐野利秋の下半身でズボンの模様が黄色系に着色されていない事。
その2、同じく桐野の刀のさやが朱色に着色されていない事。
その3、中図の野津少将の着衣において徽章や肩飾りが着色されていない事。
この3点は先に刷られた045の方が絵師の色指定を忠実に再現していると思われる事から、雑になっているD103は後刷りである。続いて、

その4、右図の桐野に肩書きがつき、一隊大将と情報がより詳しくなっている。
その5、右図で村田三介と斬り結んでいる官軍兵の耳や指に血のりが増えている。
その6、桐野の左腕に包帯らしきものが追加されている。
4から6の三点は情報が精細になっている事と表現が凄惨さを増し、エスカレートしている事からD103が後刷りである事を補強していると思われる。その他にもタイトルの地の色が赤から白に変わったり、後者では背景にぼかしを多用してコントラストを強調していたり、と刷師の工夫の跡が垣間見える。

果たしてどれくらいの期間で別の版を用意して後刷りを販売していたのかは、御届印も刷り込んであるので定かな事は言えないが、きっと、驚く程短い期間の間にこうしよう、ああしようというチームの模索が繰り返された事であろう。刺激的な二枚といえるだろう。

2012年6月8日金曜日

日清戦争錦絵 実見!

  大阪梅田はカッパ横町の古書街で日清戦争浮世絵の実物を見てきた。店は中尾松泉堂。画は小国政の「牛荘市街大戦争之図」である。残念ながら写真はNGでした。
仕事の帰りにふらりと立ち寄った所、戦争をテーマにして50セットくらい積み上げてあった。厚紙の台紙を入れて、ビニール袋の中に3枚セットで入っている形。ほとんどが武者絵で、残念ながら西南戦争関連はなかった。
「日清戦争錦絵」が全部で3セット。あと、よくわからないが、明治後半らしきものが2、3点あった。気になったのが、小国政の「牛荘市街大戦争之図」ビニール袋のままでは、裏面しか見えず、表が透けて見える程度では色や構図がよくわからない。はみだした余白の情報を読んで「日清戦争錦絵」らしいと見当をつけたものの袋から出して広げる程図々しくもなれない。ためらって眺めていたら、ご主人が親切にも出して広げてみせてくれた。余白をトリミングして、裏打ちの上、一枚の画としてみられるようになっていた。色は信じられないくらい鮮やかである。右側前景にいる日本兵は紫色の軍服に身を包んでいるのだが、ほとんど褪色していない感じだった。左側に倒れている清国兵は薄い紺の服装でこれも鮮やかである。左側奥に向かって遠景=最前線が広がっており、視線がそちらに誘導される構図になっている。炎や煙が派手に立ち上っているにもかかわらず奥の方ほど色が薄く仕上げられているので、どぎつくはなく、遠近感を感じさせる画になっている。値段はセットで2万4千円。高いのか安いのか分らないが、前に、そばと米の値段から價六銭の価値を検証した事があって、(價六銭参照)その時の結論は西南戦争錦絵のものであるが、三枚続き600円から2400円という事だったので、今は10倍以上の値段になった事になる。120年もたてば当然か!?
デジタルデータは野田市立図書館のライブラリーで見る事ができる。「b-40牛荘市街大戦争之図」である。

2012年6月3日日曜日

9作品追加

静岡県立中央図書館の五月分を追加した。以下の三作品。なかでも「鹿児嶋戦場名覧」は官軍・薩軍の番付である。
「鹿児嶋戦場名覧」


大英博物館からは二作品。


国会図書館のデジタル化資料のページで永島孟斎を検索した所西南戦争にカテゴライズされてない作品が何点かあったので、許可を得て掲載した。神風連の乱の作品は、参考作品として。他の絵師にも未分類のものがあるかもしれない。

2012年5月17日木曜日

大英博物館から作品追加

以下の4作品を追加した。




大英博物館 蔵


国会図書館 蔵

絵師は芳年、周延、孟斎の三人である。国会図書館所蔵の物と重複する作品が2作品あり、その発色の違いに驚いた。定かな事は分からないが、デジタル化する時に一緒に写し込んだ色見本から判断すると、多分、当時の刷りや保存の問題というよりは、撮影とウェブサイトでの展示の仕方で色の特徴が出ているのではないか、という印象である。一言で言うと、国会図書館の赤、大英博物館の青とでもいうべき発色の鮮やかさがある。並べてみると、色の違いでかなり画の印象が違って見える。それぞれ比べられるように並べてみたので、ぜひご覧ください。
図は「鹿児嶋征討記之内 高瀬口河通ノ戦争 野津公聯隊旗を取返ス圖」のそれぞれの館の画像。