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2011年8月17日水曜日

歌川芳虎、早川松山、四代目歌川国政、楊洲周延 の画




こんな感じの絵師年表を作成した。西南戦争当時の絵師の年齢を比較してみたかったのだが、いかがだろう。師匠弟子の関係や交友関係を反映するような相関図、系図的な物も作成していきたいと思う。





歌川芳虎はこの頃はもうとんでもない大ベテランにして人気のトップ絵師である。7作品をアップロードした。

27歳の早川松山の作品は以下の4点。河鍋暁斎の門人である。

四代目歌川国政の作品。日清戦争錦絵の小国政の実の父という事だ。日清戦争錦絵に登場する、香蝶楼でもあるらしいが、未確認。号をしょっちゅう変えたり、襲名したりでややこしい。

楊洲周延の作品は以下の7作品(ここまでのところ)。大正元年・75歳まで生きていたのでもう本当に生き証人という感じだろうか。もちろん日清戦争錦絵もたくさん製作している。日清戦争錦絵美術館では10作品ご覧いただける。


2011年8月3日水曜日

小林清親 登場





の7作品をアップロードした。左の画像は「新聞鹿児島事情」の一部で、小林清親デビュー2年目の作品だ。この髑髏模様の派手な衣装をご覧あれ。ほかにも安達吟光が3作品登場している。この両者は日清戦争錦絵も手がけていて、17年を隔てた画風の変化も見ていただける。

2011年8月2日火曜日

ズームツールを導入


「022佐土原城進撃之図」以降はズームツールを導入した。これまで記事の文章をはじめとして細部が見にくかったので、少しでも見やすいようにズームできるようにした。別のファイルを読みにいって開くので、時間がかかるのが難点だが、少しはましになったと思う。
以前にアップした作品や、日清戦争錦絵の方にも取り入れていきたいと思っている。乞うご期待。さらに細部を詳細にご覧になりたい方は本家の国立国会図書館のデジタル化資料でご覧ください。西南戦争錦絵で検索すれば公開可能な作品がこの「西南戦争錦絵美術館」と同じ順番で並んでいる。


をアップロードした。山崎年信は8作品で終わり、小林永濯が登場した。

2011年7月14日木曜日

山崎年信の作品


をアップロードした。
020鹿児島記聞  川尻本営図の作者は山崎年信で、西南戦争錦絵では初めて芳年以外の絵師の登場となる。さっそく、どんな人か調べたら、この経歴が面白い。29歳という若さでなくなるのだが、西南戦争の頃はなんと、20歳。その後、坂本龍馬の最初の評価のきっかけとなった、『汗血千里の駒』(明治16年=1883年に高知の『土陽新聞』に坂崎紫瀾が連載)の挿絵を書いたりしている。芳年の弟子であるが、師匠との関係が小説のようだ。詳しくは、作家一覧で御覧あれ、ウィキペディアの丸写しですが。


2011年7月12日火曜日

價六銭






の4作品を追加した。全作、芳年の作品である。
定価がついている物が結構多い。今でいくらくらいになるのかちょっと計算してみた。現在の標準で白米10キロ3700円、そば1パイ320円とした時、明治十年は白米10キロ37銭、ソバ1パイ8厘という記録があるので、米で約1万倍、ソバは4万倍ということになる。錦絵には6銭という表記があるので今に換算すると、600円から2400円といった見当になる。あ、なんか違和感がない!今はあまり見かけなくなったグラフ誌で事件を読み解いていくみたいな感じだろうか?錦絵報道が少し身近になったような気がする。

参考:『今ならいくら?消費者物価』http://chigasakiws.web.fc2.com/

2011年7月8日金曜日

西南戦争錦絵 2作品追加


の2作品を追加した。
ほとんどの作品に記事がついているのでアップロードするのに時間がかかる。少しずつマメにやっていくしかないようだ。
今のところ、大蘇芳年の作品ばかりだ。

2011年7月6日水曜日

西南戦争錦絵美術館 開設


なかなか準備が整わないが、できた分だけ公開していく事にした。
「西南戦争錦絵美術館」である。日清戦争をさかのぼる事16年。また、ひと味違った錦絵の世界が展開されている。

下図は「鹿児嶌紀聞之内 副将村田討死之図」の中図である。凄絶至極!